勝手にレビュー36:稲葉浩志の4thアルバム『Hadou』

個人的神アルバム。

稲葉浩志『Hadou』 2010年8月18日


1. LOST 3 / 5 点

導入歌。
「マグマ」の時の暗くジメジメした雰囲気とは一転し、荒野で一人佇む稲葉の姿が目に浮かぶ(完全にブックレットのイメージに引っ張られてるだけ)。

大事なこと 感じてみたい だから 行ってみよう


2. 絶対(的) 5 / 5 点

想い人を崇め奉る歌。
爽快なメロディや真っ直ぐな想いとは対照的に、どこまでいっても自分を卑下している様子には哀愁とともに笑いを誘う。
その情けなさすぎる歌詞にあてられると、男のおれでも嗜虐心と共に母性本能さえも目覚めさせてしまいそうになる。危険な曲。

僕ごとき 逆立ちをしてもかなわないっていうか 逆立ちできねえ


3. The Morning Call 5 / 5 点

バックのメロディがいちいち美しい。曲名効果もあるだろうが、音楽でここまで朝の「青」と「黄」を表現できるとは。
爽やかな朝にぴったりの曲ぶってるけれども、その本質は昔の想い人をいつまでたっても引きずっているストーカー気質の人間の歌。さすが稲葉である。
ラスサビ前のウィスパーボイスがどえらくエロい。

きみならあの色を 何と名づけるだろう 死ぬほど知りたい


4. Okay 5 / 5 点

瑞々しく透明的なメロディに無常な歌詞を添える。万物流転。
終末的な雰囲気が色濃く漂う。こういう「もはや手遅れ」感満載の空気が大好き。ポストアポカリプス作品オタクとか廃墟マニアとかの連中には共感してもらえるんじゃないだろうか。生物の死体だけではなく、概念や物体が死んでいく様を眺めるのも好きな趣向をもつ者同士として。
一つの時代の終わり。「ボク」や「アナタ」のいる世界の終焉。「Okay」というのは、そういった最期を受け入れた覚悟の言葉なのだろう。
関係ないが、この曲のPVでお披露目される雑な「稲葉分身の術」が何度見ても笑える。

終わりがあるから 誰もが切なく輝ける


5. Lone Pine 5 / 5 点

ブルースハープとピアノの掛け合いが特徴的な曲。
寂れた田舎町の情景がメロディを聴いただけで浮かんでくる。「おかえり」や「幸福への長い坂道」と同系統の、ノスタルジーな歌。
Bメロから参加するバンド隊の盛り上げが、緩急ついていて素晴らしい。こういうジャンルにはありがちなパターンだが、引き込まれる。

緩慢な日々を やりすごして 夢は夢のままでいいと思ってしまう


6. エデン 3 / 5 点

ポップなラブソング。
自分とパートナーをアダムとイヴになぞらえる。
一部過激な歌詞あり。脈絡なく下ネタをぶち込んでくるから、初聴時は目ん玉ひんむいた気がする。テーマといい、なんとなく「Splash!」に似ている。

ここですべての愛と罪と罰が 生まれてゆく さあ受け止めよう


7. CAGE FIGHT 5 / 5 点

今作一のハードロック。
現代社会をデスマッチ強制参加型の檻に例える。
常に正体不明の敵との勝負を余儀なくされるこの社会。そんな状況だと、ルールを無視した奴やドロップアウトした奴、そもそもゲームに参加する気のない奴は異常者だの変人だの狂人だのと罵られる。
彼らは異常者か?違う。こんな異常な社会にいたら気が狂わない方がおかしいのであって、彼らからすれば常識人ぶってる人間の方こそ異常者に見えている。というか、人間以外の違う生物に見えている。自分こそがまともな人間なのだと思っているし、実際それは正しい。
だが悲しいことに、この曲の主人公は本音を押しつぶし、異常なゲームに乗っかってしまう。「ここから出たいなら ここで戦えよ」というふうに。戦いたくもないだろうに。結局最後には「予定を変えて」みたようだが、その後の顛末は示されていない。
えらく私怨まみれの文章を書いてしまったが、稲葉の伝えたいこととはそんなにずれてはいないはず。いや、単なる願望かもしれない。

誰のせい 医者に聞いてよ


8. 今宵キミト 5 / 5 点

静かな低音で歌われるAメロ、激しいラップ調のBメロ、華やかに駆け抜けるサビと、MAGICの「だれにも言えねえ」のように多彩なメロディが組み合わされている。
ネガティブ女 x ネガティブのくせに気丈に振る舞う男 というカップリングが興奮する。まあ別に性別は逆でもいいし同じでもいいけど。
主人公が必死に相方を求めるも、ロウソクの描写からこのカップルの結末は想像に難くなく、そこがまた興奮ポイント。あれ、前段でわりとどうでもいい性別の話を持ち出したせいか、同性カップルの歌に聴こえてきちゃった。相方が妙に悲観的だし。いかん、何気なく紡ぎ出した言葉が暴走してきた。
B’zの時には絶対やらないであろうサックスソロが非常に美しい。その美しさとストーリーの悲惨さとのギャップがそそる。

あまりの味気なさ 世界のあさはかさ 自分の及ばなさ もう嘆かないで


9. この手をとって走り出して 5 / 5 点

優しげなバラード。
控えめで奥手で不器用な主人公が描写されている。なんだかすごく可愛いんですけど。い、いじめたい。
些細ながら一つだけ欠点があり、一部の歌詞に英語が使われていること。これだけはどうしても馴染めない。完全に好みの問題だが、こうした曲には外国語は入れない方がよかった。でも5点です。
それ以外は完璧な曲で、主人公の葛藤や切ない愛情がサウンドを通してひしひしと伝わってくる。

せまってくる 夜の闇に ゆっくり溶けてしまいたい


10. 去りゆく人へ 5 / 5 点

想い人に振られた主人公が精一杯強がる歌。
無力な人物が祈ることしかできずに状況に流されていくというシチュエーションが、性癖を突ついてくる。
元パートナーの幸せを願うも、ラスサビ後の英詞で抑え込んでいた心の叫びを惨めに爆発させている。たまらん。わざわざ英語にしてぼかしてるつもりになってる点も、なんかこう、くるものがある。

いいかげんだったボクだから 雨の中ばかみたいに ただ 願うだけ


11. 不死鳥 5 / 5 点

ドラマティックな不倫曲。
稲葉が描く不倫て、なんとなく炎とか鳥のイメージが多い気がする。気がするだけか。そもそもサンプルが少ないし。
主人公の欲望や悲しみが圧倒的な迫力で歌い上げられる。そこにバンドサウンドとストリングスが絡まり、狂気的な情熱が体現されている。
茶化して申し訳ないが、主人公が同じ過ちを犯す気満々なのが笑える。

罪深い鼓動は激しく鳴りはじめる


12. 主人公 5 / 5 点

稲葉お得意の自虐を練りこんだ応援歌。
自分の得意な分野を見つけ出した者は幸せだ。そんな人間がどれだけいるだろう。なければ創り出すしかないが、どれだけの人間がそこに至れるだろうか。見つけ出せたとして、その分野を認めてもらえない者もいるだろう。パソコンとか、一般的にはオタク臭いとされている趣味などがそれに当たる。
この曲を聴くたびに、自分の才能を容認されることなく埋もれたり、キレて犯罪者となってしまう連中の幸せを願わずにはいられない。
ま、正直おれには関係ないしそいつらがどうなろうとどうでもいいっちゃどうでもいいが、そんな考えをもつ優しい人間が増えれば皆が生きやすい(ということはおれも生きやすい)ましな社会になるんじゃないか。

ブキを手に入れろよ 誰も傷つけないやつを


13. リトルボーイ 5 / 5 点

やたらと明るいストリングスに、皮肉たっぷりでえげつない歌詞を添える。
曲名は原子爆弾と少年兵から由来しているのだろう。戦争によって可能性を閉じられた子供が内に秘められた残虐性を解き放つ、という筋書き。
似たようなテーマから、アゴタ・クリストフ『悪童日記』が思い出される。
「悲しくとも悔しくとも 誰一人殺しちゃいけない」とあるので、少年は無事に改心することができたのだろう。たぶん。「ボクが炸裂させるのはハピネス」の意味を、最初と最後で真逆に転換させているのが天才的。
一方では秩序が成立し、一方では秩序が崩壊しているこの世界の矛盾を、歌詞とサウンドで見事に表現している。いつ聴いても鳥肌が立つ曲。

「幸せをどうもありがとう」


14. 赤い糸 4 / 5 点

「結界師」のEDで使用されたのとは違って、アコースティック主体のアレンジ。こっちはこっちでありだけど、やっぱりバンドサウンドのほうが良く思えてしまう。
主人公は振られてはいないだろうが、10曲目のような匂いがする。遠距離恋愛になるのかどうかは定かでないが、やはり祈ることしかできない人間が描写されている。この切ない感じがいいっすねえ。

すべてを知ることなんて できないよ だから 目を閉じて祈る


15. イタイケな太陽 4 / 5 点

曲名を見た瞬間、B’zオタクは笑うか困惑するかしただろう。オレンジレンジかよ、と。当時の2chのB’zスレはざわついていたような覚えがある。
同じく太陽を描写した3曲目とは違って、こちらは歌詞の方もちゃんと爽やかなので安心して(?)よい。
曲名に引っ張られて夏っぽいイメージを連想しがちだが、素朴で純粋なラブソングなのでとくにそうする必要はない。
まあ別にラブソングと解釈する必要もないが。卑屈な自分を輝かせてくれる何かに出会い直す、という歌なので。

無数の多彩な出来事が 僕らの中を通り過ぎる


16. (タイトル不明) 4 / 5 点

シークレット・トラック。前曲が終わってしばらくしたら流れてくる。
仲良い友達と焚き火しながら歌ってるまったりとした感じ。これはこれで作品の締めに合ってる。

明日の自分にしっかり見えるように 手を振ろう


総評 : 5 / 5 点

希望と絶望が入り混じった世界観を鮮やかに描き出す。全曲の歌詞とメロディが最高峰に洗練されている。
個別のレビューではあまり指摘していないが、このアルバムは特にピアノの奏でる音色が素敵。
そういえば、同時期に録音されたであろう「cocoa」のCD音源化はまだですか。8年ぐらい待ってるんですが。