勝手にレビュー28:稲葉浩志の3rdアルバム『Peace Of Mind』

新作が発売されたにもかかわらず、13年前の作品をレビューするクソブログが始まります。

まあでも、新しいものをそんな急いで扱う必要もないですよね?どうせレビューするなら、新作の世界観にもっとどっぷり浸かってからにしたいですし。
同じ表現をすれば、B’zの2人が見た景色を自分も完全に共有してから、それを分析したいのです。

今回はシングルとアルバムの2つを、この記事内で同時にレビューします。
その理由なのですが、シングルにはアルバム未収録のものが1曲だけしかないので、「だったらいっそのこと、アルバムのほうと一緒の記事にしちまうか」と考えたわけです。
では参ります。シングルからです。

稲葉浩志『Wonderland』2004年7月14日


2. あなたの声だけがこの胸震わす 5 / 5 点

優しげなバラード。
遠いどこかにいる「あなた」の存在を想い、主人公は弱りかけた自分を立ち直らせ、新たな一歩を踏み出す。
切なくも爽やかで暖かいという、矛盾した感情が一気にほとばしる曲。
4月ごろに聴くのが一番良い。「黄色い花びらたち」という描写からも、「春」という感じがしっくりくる。

透き通るあなたの声だけが闇をつきぬけて こわれそうな心を鎮めてくれるよ


総評 (なし)

続いて、アルバムです。

稲葉浩志『Peace Of Mind』2004年9月22日


1. おかえり 4 / 5 点

導入曲。まったりロック。
導入曲のくせに、稲葉が「笑っておかえりなさい」なんて語りかけるもんだから、こちらの常識観がぐちゃぐちゃにかき乱される。
稲葉が自分の作品世界に誘おうとしているのか?
夕方の帰り道がイメージされる。

ともにいさぎよくいきましょう ともにさりげなく力強く


2. Wonderland 5 / 5 点

鬱曲。
引きこもりの友人を外の世界に引っ張り出そうとするが、それに失敗した主人公が自分の価値観に疑心暗鬼まみれになる、という歌詞。
「せっせと他人を哀れむ僕を哀れむだろ?」なんて打ちひしがれてる主人公がいじらしい。
「僕がいつか捨てたガラクタを磨いて ぴかぴかのそいつを抱いて」笑ってる「君」も可愛い。
稲葉も同じようなことを言っているが、「常識というものは本当に良いことなのか」というのは、常に考えなければならない。とくに価値観があまりにも多様な、この時代においては。
それなのに、我々は普段から、出る杭を激しく罵倒まじりに打ってやいませんか?
まあ、そのほうが楽なのが悲しいところ。だって、相手の都合をいちいち想像してたら、頭も使うし時間もかさむ。騙される可能性だってある。あらゆる面で、コストがかかりすぎるのだ。
そのコストを惜しむことなく、いかに根源的な行動をとれるか。それを稲葉はこの曲で問うている。

君を変えてやろうなんてはずかしく思いあがり まるで天国かどこかに導くように話しかけていた


3. THE RACE 4 / 5 点

競争社会・格差社会を、かけっこに例えた歌詞。
終始、いいようのない焦燥感に支配されている。そんな中で稲葉は、勝ち負けだけの世界観から脱しようと諭す。
だからと言って、単純に「頑張らなくてもいい」というわけではない。
重要なのは、他人との瞬間的な優劣なのではなく、その人が世界に自分の価値を残せるかどうか。
もっと言えば、自分の存在意義を見出せるかどうか。
そういったことが、自分には見えていて「誰にも見えないあの白いテープを切ろう見事に」などの歌詞から読み取れるはず。
それができていない僕みたいな人種は、もうちょっと頑張ろうな。

笑って目指そう 今世紀最強の木偶の坊


4. 正面衝突 3 / 5 点

「濡れて光るゲート」、「真っ白な道の真ん中にキミが立っている」。さてはエロ曲か。
歌詞の詰め込み具合が半端なく、それが怒涛の勢いで歌われるもんだからかっこいい。
稲葉はラップを作ろうとすると韻の踏み方がやたらと不自然になりがちだが、こういったラップを意識していない曲の歌詞なら、優雅に紡ぎ出せるようだ。
唯一残念なのが、歌声。あまりにも鶏声すぎる。スティーヴィ・サラスのアルバムに収録されている英詞バージョンでは、程よい感じのがなり声なのに。

生命の神秘 欲望の倫理 摩擦係数の妙 螺旋を描いて頭から突っ込んで


5. 水平線 5 / 5 点

スロー・バラード。
歌詞のすべてが美しい。その一言に尽きる。
なにげない風景から、宇宙の歴史に思いを馳せ、愛する人への想いを浮かべ、それらを見事に言語化した曲。
語りの展開もべらぼうに上手く、「世界」と「個人」との間の往復があまりに自然に行われている。
なによりすごいのが、これだけの歌詞にかかわらず(いや、だからこそか?)、一人称と二人称が存在しないこと。これにより、語り手の設定を勝手に妄想できて、作品が聴き手側によって補完されることになる。
これは、日本語でしかできない表現だろう。他言語に詳しいわけではないけど。
稲葉の「詩人」としての才能の頂点。

高ぶる歓びの空 深い悲しみの海 ぶつかりあう場所 そこに無限の謎 すべての答えが隠されてるの

もう削除されたけど、かつてニコニコ動画に「愛しい風に誘われて」というタイトルの、漫画版『風の谷のナウシカ』との素晴らしいMAD動画があった。今でも検索したら別のサイトで観れるけど。


6. すべての幸せをオアズケに 4 / 5 点

アップテンポ。
「幸福は有限のパイなのか?それを追い求めるのは、ゼロサムゲームでしかないのか?」という疑問を叩きつけている。
それを確かめるために「ここは思いきってみなさん幸福を捨ててください」なんて言い切れちゃうあたりがさすが。

その昔神さまが決めた巷の定理 幸福は奪いあう一個の甘いケーキ そしてこのからくりにはまったやつら 全員同時の幸せは不可能


7. Tamayura 5 / 5 点

不気味なピアノとギターの旋律が奏でられる。「和ロック」の要素も強い。
人間嫌いのボンクラナルシスト(かつての稲葉)の心情を分析したかのような歌詞。
そして、その構造を分解・解析し、宇宙の彼方に放り投げてしまう。
人はそう簡単には変われやしない。それができないから、苦しんでいる。このあたりは、『マグマ』の『そのswitchを押せ』に対する解答か。

時間のオリを踏み出して燃えつきて超微粒子になれ そしてきらきらきら久遠の空を舞う


8. ハズムセカイ 4 / 5 点

アップテンポ。
自分のしょうもなさにいじけている人を、「キミがいるだけでボクの世界は変わるよ」と優しくストレートに諭す曲。
B’zの応援歌との違いは、稲葉が一対一でこちらに語りかけているようなこの感じ。

ねえ知らないでしょ 自分のすごい才能を ちょびっとだけでいいからそばに来ておくれ


9. 幸福への長い坂道 5 / 5 点

夏の夕焼けの情景が思い起こされる。
幸福を真摯に追い求める、ノスタルジーで切ない歌詞。
シンプルな構成から、シンプルな美しさをひねり出している曲。

ああ そして何か素敵なことが始まる そう信じたんだ遠ざかる意識の中で


10. 横恋慕 4 / 5 点

和ロック。
テーマは見たまんま「略奪愛」について。
他人を不幸に陥れることで幸福を得ようとしている自分自身にも失望しているように感じる。
ラストがどんでん返しで、急に世界情勢の話題にシフトしている。が、流れが自然なので、思わず聞き流してしまいそうになる。

目の合う回数 不自然に多いとはアイツも知らない 見えない糸を張れ


11. SAIHATE HOTEL 3 / 5 点

ひっそりとしたデジタルサウンドと、はやる気持ちを表現したメロディが特徴的な曲。
ホテルの一室で「君」が来るのをソワソワしながら待っている主人公が微笑ましい。
下卑た表現になるが、「ボク」と「君」の童貞・処女臭さがすごくいい。キュンキュンきちゃう。

恋に落ちるということは もう少し生きたいと願うこと


12. I AM YOUR BABY 4 / 5 点

ドライブ・ソング。舞台はたぶん、横浜の郊外。
前曲とは対照的に、こちらは自分を待ってくれている人の元へ急ぐ主人公を描く。もしかしたら、前曲とこの曲は、同じ時間軸を別々の視点から語っているのか?
一途に駆け参じていく様子が、切ないしいじらしい。「ぷわぷわの愛」なんて表現、ふつう思いつかない。

どうして人は生きていくのか 理由を探すのもまた人生 与えられたLifeまっとうしてゆくのみ


13. 透明人間 5 / 5 点

B’zマニアにはあまりにも有名な鬱曲。
社会から疎外された少年の絶望を描き出す。
こんなに重い「おかあさん」というセリフは聞いたことがない(と思ったらあったわ。『ドラッグオンドラグーン』のマナのセリフ。まああれは「気が触れてる」って感じだけど)。
ラストのギターと稲葉の声が、少年の悲痛な叫びを体現している。「世界よ僕の思い通りになれ」と咆哮しながら、「ズボンのポケットのナイフ」で誰か(あるいは自分自身)を刺し殺す様が鮮明にイメージされる。

僕はあの時 光を目指して 最高の世界を夢に見ながらせいいっぱいあなたの海を泳いだよ そしてもうどこかに行きたい


14. あの命この命 3 / 5 点

弾き語り曲。
曲名から容易に想像できるが、テーマは「命の不平等な重さ」。世界の残酷な現実を歌う。
稲葉にしては表現が直接的で、それによって説教臭くなってしまっているのがなんとも惜しい。

何もかも消えてゆく せめてあのぬくもりよ永遠に


総評 : 5 / 5 点

「幸せ」の意味を、あらゆる角度から根源的に問うているアルバムです。また、「弱い立場にいる人々」の視点から物事を描く曲が多いのも特徴です。