勝手にレビュー24 : 稲葉浩志の2ndアルバム『志庵』
今年の春あたりから『SCP財団』なるものにハマっています。
SCP財団とは、Secure(確保)、Contain(収容)、Protect(保護)の頭文字を取った世界規模の組織で、超常的な生物や物体、現象などを管理し、一般の社会から隔離しようと努めています。
っていう設定の投稿創作群です。
この財団で管理されているSCPオブジェクト(超常的存在)に関するレポート(これが投稿作品にあたる)が、これまたSFオタク、陰謀論マニア、オカルトマニアの琴線にビンビンビートしてくる出来の良さで、投稿者の中にはプロの作家や脚本家とかが混じってんじゃねーの?と思う今日この頃です。
今回の稲葉ソロは、前作『マグマ』の徹底した暗さからは程遠いですが、その代わりに前作よりも他者の存在を意識した曲が多くなっています。ナルシストじゃなくなってきているということなのでしょう。
稲葉浩志『志庵』2002年10月9日
1. O.NO.RE 4 / 5 点
ハードロック。
稲葉がブルースハープ(渋いハーモニカ)を拭きながら、岡山弁で自省する。
初っ端からB’zっぽいが、それでも「これは稲葉ソロの曲だ」と感じさせる何かがある。音楽知識に乏しいので、その「何か」を言語化できないのが非常にもどかしい。
PVは上半身裸の稲葉が出てくるので、その細マッチョ具合を堪能できる。
アタマん中で限界値を設定して 型にはまってほっとしてる
2. LOVE LETTER 3 / 5 点
ロック・バラード。
最近ご無沙汰な、ある親しい人物(家族や幼馴染など)への想いを紡ぐ。
稲葉はこの歌を実兄に向けて作ったらしいが、歌詞中には「兄」なんて単語は皆無なので、聴き手の方で勝手に状況設定して、妄想を楽しむことができる。
こういった絶妙な「情報制限」が、クリエイターの腕の見せ所なんじゃないだろうか。作品の受け手側に、自由な「誤読」を容認するという意味において(神林長平やらヨコオタロウやらが同じことを言っていたが)。
思い通りにいかないことが多くて何もかもこわしても いつもそばにいてくれた
3. Touch 3 / 5 点
ストリングス主体のバラード。
妖しさ満載の、エロ曲。別に歌詞は全然エロくないのに、色気が充満している。
卑屈な男が想い人への純な愛を伝えようとする歌なのに、エロい。サビの最後に入るウィスパー・ボイスがいちいちエロい。
この気持ちは何なんだろう 一度でいい何かを変えてみたいよ
4. TRASH 4 / 5 点
ハードロック。今作中最も激しい曲調。
周りには陽気なおバカキャラを演じるが、それに虚しさを抱くピエロな男の心情を描く。
B’zから距離を置いている時の稲葉の感情とはこういうものなのだろうか、と邪推したくなるストーリー展開。結末も救いがない。
人間誰しも様々なキャラというかペルソナを被っているものだが、精神を安定させるには、色んなコミュニティを持ち、多様なキャラを演じるのが必要だと先生が言っていた。キャラが一つだけだと、自分の内面がそれに引きずられてしまい、内省するときにグダグダするとかなんとかかんとか。
無理してるように見えるなら どこかに連れ出してくれ
5. Overture 5 / 5 点
ストリング主体の王道バラード枠。
静かなAメロBメロと続き、サビで一気に爆発するという、あまりにも大げさでベタベタなパターンの曲だが、やはり心うたれてしまう。
歌詞は、絶望の淵からもがいて希望に至る人物を描くという、これまた稲葉お得意の伝統芸。それなのに聴き手を引き込むのが上手い、上手すぎる。
メロディといい歌詞といい、なんか全体的にKOKIAっぽい(なんて書いたらKOKIAファンの人に怒られるでしょうか)。
一時期『名探偵コナン』のEDになっていたそうだが、僕はまったく記憶にない。当時はまだコナンを視聴していたはずなのだが……。
暗闇にうずくまってどうしようもなくて まっさらになって初めて見つけるんだろう 僕だけの出口を
6. GO 3 / 5 点
スローテンポのナンバー。ドライブソング。
恋人二人が互いの愛に不安になりながらも、どうにか支え合おうとする。
多くは描写されていないものの、最後が不穏な感じに聴こえるのは、僕が悲観的な人間だからかもしれない。
明日になったら全部消えてしまいそうで 何時になっても眠れない
7. ファミレス午前3時 4 / 5 点
路上シンガーみたいなノリの、まったりロック。
稲葉がアコギを弾きながら、しみじみと歌う。
曲名に引っ張られがちだが、歌詞中における舞台は別にファミレスじゃなくてもいいのだろう。
重要なのは、深夜という、夢や内省を他者と語らい共有するのに最も適した時間帯なのであり、それさえ満たせば、あとの細かいことは夜明けのお日様が浄化してくれる。
本当に一番きらきら輝くのは 自分の中燃えたぎる太陽 我らの中昇りゆく太陽
8. あなたを呼ぶ声は風にさらわれて 3 / 5 点
ロック。ドライブソング。
曲調とは対照的に失恋ソング。焼けグソ気味に高速道路を駆け抜ける主人公の姿が、目に浮かんでくる。
愛されてたのに見過ごして 今さら手をのばしても あなたは星が流れるように消える
9. Here I am!! 4 / 5 点
疾走的なロック。
歌詞は、権力志向の人間の精神を批判・分析し、それに優しく手を差し伸べる、というもの。
稲葉の他人に対する心理分析と言語センスが、これでもかというぐらいにギラついている怪作。歌詞中における「あなた」というのはB’zのリーダーである松本のことか?といった妄想もまた一興。
その部屋のライト消さないのは何かが無くなるのがこわいから 僕にだけ少しだけ泣けるところ見せてくれ
10. 炎 5 / 5 点
ピアノとベースが美しいバラード。
歌詞は、臆病な人物が恋人の元へ勇気を出して駆け参じるという、メロディと共に今作中最も『マグマ』に近い世界観。
情景描写が半端なく美麗で、他人の目を気にしてばかりの主人公の心情を、炎のゆらぎに重ねて見事に表現している。
何も持たず誰にもならないでここまでおいでよ ってあんまり優しく歌うもんだから 僕は道に迷い夜を逃げるようにさまよう
11. Seno de Revolution 3 / 5 点
ポップロック。
キャッチーなサビに騙されそうになるが、歌詞のテーマは、社会に対する個々人のやるせなさや苛立ちと、それを乗り越えて協調に至ろうとする意志。
革命はジワジワとじゃなくてパッと一瞬に 革命は外側からじゃなくて内からえぐるように!
12. とどきますように 5 / 5 点
ポップロック。
とにかく優しい歌詞。人間に対する稲葉の慈愛があふれている曲。
千葉敦子という昔のジャーナリストが残した言葉に、「知性には、いろいろな能力があるが、最も重要なものは、会ったこともない人々の痛みをわが痛みと感じ、見ず知らずの人々の喜びをわが喜びと感じることの出来る能力」というものがある。
この曲の歌詞は、そういった意味での「知性」が冴え渡っており、稲葉はそれに対する、時間・空間を超えた希望を願うのである。
そういえば、筒井康隆『パプリカ』の主人公の名前って、この人が元ネタなのか?
はるか遠くの惑星の話じゃないんだよ すべては同時に起こってるこの足元で
総評 : 4 / 5 点
前作よりもずいぶんと希望に満ちており、曲調もB’zに近い曲が多いです。その分『マグマ』ファンには不評な作品ですが、表面的な印象に騙されず歌詞をしっかり読み込めば、ちゃんと「稲葉」していることがわかるアルバムです。