勝手にレビュー39:稲葉浩志の5thアルバム『Singing Bird』
この時期のジョギングには、出かける直前に食塩をぶちまけた一杯の水を必ず飲むこと。クエン酸でも可。
稲葉浩志『Singing Bird』 2014年5月21日
1. ジミーの朝 4 / 5 点
心臓ペースメーカーを取り付けた人間の独白。これはあれか、バーガディシュ少尉よろしくチキンブロスにでもなるのか。あるいは突然、胃袋が逃げ出すのかも。
伊藤計劃がエッセイで語っていたことそのまんまのことを書いていくが、内臓を機械化していなかろうが現代人はすでにサイボーグ化している。メガネしかり車しかり松葉杖しかり。ここで挙げた例は全部、身体の延長としての道具ではあるけれども。
人間の生命活動は、程度の差はあれ医学や工学などのテクノロジーで成り立っている脆いものである。だから語り手はそこまで気にやむ必要はない。
まあ語り手にとってはその「程度の差」こそが重要なのかもしれない。テクノロジーへの依存度によって、自分は生きているという確固たる現実感覚はうつろうだろうから。
そして明日は必ずやってくる
2. oh my love 3 / 5 点
ミディアム・バラード。
片思い曲。その恋慕、どうせ叶わないから諦めよう、なんて言うのは無粋ですか。
僕が誰を見つめているか気づいてほしいけど
3. Cross Creak 3 / 5 点
ラブソング…か?舞台はどうせ横浜の港町。
おそらく語り手が本当に抱きしめたいのは自分自身だろう。メンヘラナルシストにはよくある症状だ。自覚できたらたいしたものだが、気づいてないなこりゃ。
答えは何も見えぬまま
4. Golden Road 3 / 5 点
素朴な応援歌。
「頑張らなくていいなんてセリフ、おれに向かって言うな」という感じのストイックな歌詞。おれは生来の怠け者なので、この部分に関してはまったく共感できない。
まあ共感うんぬんはどうでもいい。自分のファンにされてなにより屈辱的なのは、実績ではなく努力のほうを評価されることなのではないか。稲葉は一人のクリエイターなのだから、自分の作品価値を市場に問いかけて生きてきたはずだ。それなのに生活面に関していちいち杞憂されたり「君は頑張ってるエライエライ」なんてよいしょされたら、そりゃ当惑するわなと(メンヘラじゃあるまいし)。「いいから黙っておれの歌を聴け」とでも言いたげな怒りを感じる。
余談だが、銀杏は「不思議な匂い」どころのレベルじゃないだろ。
好きだという熱こそが最低限で最高の希望
5. 泣きながら 1 / 5 点
耳がキンキンするバラード。ソロにもこのスタイル持ち込むつもりか。いいかげん学習してくれ。
6. Stay Free 3 / 5 点
稲葉の中では既に「Freedom Train」で答えは出ているだろうけど、改めて自分に問いかけているような歌詞。
捉えどころのない概念にあせり、いらだち、困惑している様が見て取れる。
もう何百回も聞いたコトバでしょ
7. Bicycle Girl 4 / 5 点
男子高校生の性欲溢れる曲。官能小説かな?
自転車に乗った同級生の少女を心の中で追いかけ回す。いちいち気合の入ったフェチズムあふれる描写が気色悪すぎて最高。
その一方で、最後は少女の実在性を曖昧にすることで切なさを演出している。これでお茶を濁せる、と思ったか?だれも騙されないぞ。
教えてよ その秘密を
8. 孤独のススメ 4 / 5 点
付和雷同を痛烈に批判する。説教臭い歌詞なのがマイナス。非常に惜しい。
初めてウェブに触れ、初めて2chなどを閲覧したときは、リアルではまずお目にかかれない人々の本音がデータとして漂っているアングラぶりに魅了されていた。
だが、ゴミ情報や誹謗中傷を目にしているうちに気づいた。ウェブなんて既存のマスメディアと本質はたいして変わらないのではないかと。
それからはウェブの快楽をつまみ食いしつつ、心のどこかでテクノロジーに対する不信感を募らせていったように思う。本当に憎むべきは容易に大勢に流される人間性のほうなのに、情報技術のほうに問題があるのだとすり替えてしまっていた。
これに気づくのが遅れたせいか、自分はプログラマのくせに同年代前後と比べてやたらIT音痴である。つい2ヶ月前にようやく電子書籍を利用し始めたようなレベルだ。いや、自分の不勉強ぶりを責任転嫁したいだけかもしれない。
話が逸れまくっているが、おれが勝手に「パフォーマー」と呼んでいるたぐいの人間が世の中には存在する。生息地は主にウェブ上だ。どの職種にも一定の割合でいる。彼らは頭がよく魅力的で話術もあるため、大勢の人間を巻き込みなにかをやらかす。パフォーマーの共通の目的は「視聴率」である。なにかを行った結果が善だろうが悪だろうが、究極的には彼らにとってはどうでもいい。視聴率をあしがかりにして得られる何らかの利益こそが、パフォーマーにとっての旨味である。
その何らかの利益が一体何なのかを我々愚かな大衆が知る必要はない。ときにはパフォーマー自身にもわかってないだろう。炎上しようが罪を犯そうが、人目をあつめて視聴率を稼ぐことが目的なのだと理解していれば十分である。
「こんなバカなこと言ってるやつがいるぞ」と情報を拡散しても無駄だ。そうすること自体がパフォーマーの片棒を担ぐことになってしまうから質が悪い。その結果、自分がどんな目に逢おうが責任をとってくれるやつなんていない。
だが、ウェブを中心にメディアが発達した現代社会に生きている以上、パフォーマーとの接触は避けられない。じゃあどうすればよいか。稲葉の回答はなかなかに絶望的である。「ひとりで考えろ」と。
これにはまず、そうするだけの忍耐と知性が必要となる。だがそれらを兼ね備えている人間なんてどれだけいるだろう。ただでさえ普段の生活に消耗しているのに、余計なコストをかけてまで情報に翻弄されるのを防ぐ必要はあるのだろうか。少なくともおれ自身には、適当にTwitterを開いていたらときたま流れてくる格言めいた呟きに「いいね」をクリックする自信がある。
長くなったが、以上がウェブを含めたテクノロジーに対するおれのいらだちと絶望である。人類の幸福のために科学技術がどれだけ発展しても、それをハックし社会秩序を脅かす輩が必ず出てくる。これからも出てくるだろう。自分自身がそうなるかもしれない。
テクノロジーに対して抱いているわずかな希望を増大させるにはどうすればよいか(希望がなければブログなんて書いてないしプログラマなんて職業続けていない)。自分のいらだちにどう折り合いをつけるべきか。おれの中では、まだ答えがでていない。
BGM付きのニュースばっかり見たい
9. 友よ 2 / 5 点
ここから怒涛のバラード3連発。
あまりにも普通で特徴のない歌だから逆にびっくりする。これ、本当に稲葉が作ったのか?
時間を超えて響く
10. photograph 4 / 5 点
残された側の強い念によって亡霊は形作られる。まるで海賊版レコードのように、生前の足跡が改変されノイズが加わり擦り切れるまで再生される。
これもまたある種の創作活動ではあるが、写真や録音と同じく、オリジナルの影を反映した二次創作でしかありえない。生者は忘れ去るまで、自分で創り上げた死者のコピー世界に囚われることとなる。
これが死者の呪いなんだろう。なんか雑にそんなことを思った。
あなたの足取りを追いかけるように
11. ルート53 4 / 5 点
バイクで各地を巡り、それぞれの物語を垣間見るような曲。こう表現すると「キノの旅」っぽい。
日常に潜むあらゆるメロディが世界に反響・共鳴し、それらの波紋はやがてどこかのタイミングで音源に回帰していく。それはJ.G.バラード『時の声』のようなシンフォニーを奏でる。まああちらは「宇宙の断末魔」というえらく物騒なしろものだけど。
高架下 秘密を持ち寄った小さな宇宙
12. 念書 4 / 5 点
今作一のハードロック。
この曲は…なんだろう。主張していることは一見真っ当なんだけど、狂気が滲み出ている。テロリストか特攻隊がコトをしでかす直前の意思表明にどうしても聴こえてしまう。
快楽うんぬんではなく、本当の意味での電子ドラッグになりうる曲かもしれない。
心に染め抜いてしまえばいい
総評 : 3 / 5 点
稲葉の創作時のいらだちが、小綺麗な情景描写によって巧妙に覆い隠されているかのような作品。
たぶん今までで最もレビュー難易度の高かったアルバム。とにかく筆がすべりまくる。