勝手にレビュー34:凋叶棕の28thアルバム『娶』

テーマは異類婚姻譚。読みは めとり 。やべえアルバム。ネタバレ注意。

凋叶棕『娶』2018年12月30日


1. 祝言 4 / 5 点

コーラス曲。開幕からこれとか、もうなんか嫌な予感しかしない。


2. あの日のサネカズラ 4 / 5 点

サネカズラの花言葉は再会らしい。
不気味さと荘厳さが奇跡的なバランスで釣り合っているメロディ。
幽香と相手の方は年に一回しか会えないようだ。まあ妖怪からしたら一年なんてあっという間だろうけど。
妖怪と人間との普通の(?)恋愛譚かと思ったが、そうじゃなくて妖怪と植物とのアレという解釈もありな気がしてきた。

この今もふるき昔もここにこうして この幻想郷の果てまでも埋める迄


3. ??の花嫁 4 / 5 点

ぬえ。オサレなサイコインスト。
曲名がアルバムのこれからの流れを暗示しているかのよう。


4. 供に歩くその心 4 / 5 点

このアルバム唯一の爽やかロック。
ボーカルはランコという豚乙女の人。凋叶棕の楽曲に参加するのは実に七年ぶり。以前と同じく、鬼キャラの歌に関わっている。ランコの男前な声は鬼にピッタリ。
人間の雄が根比べをさせられており、勇儀が勝ったら人間を辞めさせられた上で勇儀の元に婿入りさせられるらしい。
具体的な勝負内容は不明だが、歌詞の表現から考えてしばきあいとか、あまり穏やかじゃない体力勝負か何かだろう。それは鬼に対する人間にとってあまりにも不利な条件だ。
勇儀は勇儀で、そんな雄の不撓不屈の姿にキュンキュンしつつもそれを煽りつつ、最後には自分が絶対に勝つつもりでいる。
清々しい笑顔でなに考えてんだこいつ。だから体育会系は信用できねえ。

さあ終わるな 断りなく お前はけして手放されぬ


5. ミノキチグリーフシンドローム 3 / 5 点

インスト。和ストリングス。
ググればすぐにわかるが、巳之吉(みのきち)とは、小泉八雲が紹介している雪女伝説に登場する人物のこと。
曲名を意訳すれば、愛する妻が異形の存在だと知ったときの喪失感症候群か。もうなんか英語力がめちゃくちゃ。


6. meaning of life 5 / 5 点

カニバリズム。いやまあ歌詞中には微かに匂わす表現しかないけど、すぐさまそれを連想させるところが職人芸。
被捕食趣味のドMに迫られ、その気になっちゃう黒谷ヤマメ。「そんな気持ちわかりゃしないけど」なんて言いつつ、ノリノリで相手を煽ってるヤマメ可愛い。
そういえば蜘蛛って交尾した後、雌が雄を食い殺そうとするんだっけ。子供は子供で産まれた直後に母親の身体を集団で餌にするって話も思い出した。蜘蛛の種類によって違う習性があるかもしれないしいちいち調べる気もないけど、ヤマメにぴったりな曲だ。

その命 自ら捧げて “私” になる——それが愛かね?


7. モノガタリの裏側 3 / 5 点

インスト。毎度お馴染み八雲紫。曲名含めて、たぶん次曲の伏線。


8. [SiO2]の瞳 5 / 5 点

秘封倶楽部。きれいで切ない感じのバラード。の皮を被った詐欺曲。
初視聴時は、とうとうおレズを卒業した二人のうち片方が一般男性と結婚することになったのでもう片方が見送る曲なのだと、のんきなことを考えていたが・・・。

とりあえずググればすぐにわかる歌詞中のキーワード。
SiO2…二酸化ケイ素。ガラスの素。メリーの瞳はそれでできてるんだとよ。
不気味の谷…人間に似ているものに対する嫌悪感。

あとは、二進数の羅列を「あなた」と読んでいたり。微妙に成り立っていない会話。メリーのセリフの時だけかかる微かなノイズと8bit音。ブックレットのメリーの奇妙な関節部分に、やたらとテカってる肌。そして、今作のテーマ。
以上を踏まえると、蓮子がロボットの偽メリーと結ばれようとしている歌だというのがわかる。
これに気づいてからは、ブックレットの微笑をたたえたメリーがすごく不気味に感じてしまう(服装といい、モナリザに似ているのがなんかもう・・・)。イっちゃった蓮子とは逆に、モノガタリの裏側という真実に気づいてしまった聴き手は、不気味の谷へと転落するという仕掛け。
蓮子の表情が描かれていないのも上手い、というかめちゃくちゃ怖い。一応、歌詞には、偽メリーの瞳を通して「凍てついた姿」が「安らかに」なっていると描写されているが・・・。
まあこういう感じで、凋叶棕の楽曲には推理小説を考察するかのような楽しみ方があるわけねえよ久々に鳥肌立ったわ。
つうか、ロボットに限らす人間以外のナニかや、同じ人間でも人種が違う者たちとの交流・恋愛をテーマにしたフィクションで溢れかえっているこのご時世に、我々の深層心理に眠っている異形に対する嫌悪感をこんな形で暴こうとするとは。ほんまRDはえげつない人やで。

誰よりも綺麗よ、メリー……
[そうね、わたしもそう思うわ]

おまけ

ついでに歌詞中の二進数が何を意味しているかを簡単なコード書いて調べてみた。実行環境はC++14。
サクッと試してみたければ、ウェブコンパイラサイトのこちらで下のコードをピッと貼っつけてみるとよい。

https://wandbox.org/

#include <iostream>
#include <vector>
using namespace std;

int main() {
  vector<char> you;
  you.push_back(0b1001101);
  you.push_back(0b1100001);
  you.push_back(0b1110010);
  you.push_back(0b1101001);
  you.push_back(0b1100010);
  you.push_back(0b1100101);
  you.push_back(0b1101100);
  you.push_back(0b0100000);
  you.push_back(0b1001000);
  you.push_back(0b1100101);
  you.push_back(0b1100001);
  you.push_back(0b1110010);
  you.push_back(0b1101110);

  for(auto a : you) {
    cout << a;
  }
  cout << endl;
}

実行結果:

Maribel Hearn

まさか作品レビュー記事でコード書くことになるとは思わなんだ。


9. T/A/B/O/O 5 / 5 点

ジャズ。坂田ネムノの夫視点。
愛する妻が山姥だと気付き始め、とって食われるんじゃないかと怯えだすものの、それでも君を愛してるんだーとウダウダしている様子がコミカルで笑える。
自分にとって都合の悪い現実から目を背けようとしてアタフタしているのが可愛い。
まあ山姥だとしてもブックレットの雰囲気だと襲われはしないでしょう。むしろ幸せな生活が続いていくのではないでしょうか。たぶん。
ビクつきながらも二人の関係を維持しようと懸命な描写が、なんか稲葉浩志っぽい。

きみと居られなくなるくらいならば きみのすべてを “わからない” まま “わからない” でいよう


10. 創られゆく歴史 4 / 5 点

インスト。爽やかなプレインエイジア。
良い曲なんだけど、慧音のテーマがインストとして収録されたのはちょっと寂しい。欲を言えばボーカル付きがよかった。


11. 蛙姫 5 / 5 点

どぎつい和ロック。聴いてたら呪われそう。
サンプル公開時は諏訪子視点の歌だと思ってたら、まさかの早苗視点だった。
蛙の国を再建せんとし、お眼鏡にかなった種馬を洩矢家に迎える歌。嫁はんだけでなく、そのご先祖様にも気に入られたみたいでよかったっすね。
二番サビ後の間奏の歌詞は誰の視点なのだろう。早苗に語りかける諏訪子のセリフか、それとも胎児に語りかける早苗のセリフか……?
めらみぽっぷの歌い方がキマってしまっている。隣から呪詛を叩きつけられるかのような感じがぞくぞくくる。

いつまでだって御傍に 置いてくださいね——?


12. 鳥よ 4 / 5 点

文の元旦那視点。
若い頃に文と出会ってお付き合いし始めたようで。それがある日突然、一方的に振られたそうで。長い年月を経て、今際の際に突拍子もなく再会したようで。
文の内面描写が徹底して省かれているので、馴れ初めの経緯、別れた理由など一切不明。元旦那が最期に見た文の姿も、現実なのか妄想なのかわからない。
素直に解釈するなら、人妖の寿命の違いに二人とも耐えられなくなった、っていう感じか。「それはきっといつか来る定めの日」なんて歌詞もあるし。
でも、元旦那がなにをもって私を騙そうとしていたのだろうと考えているのか、すげえ引っかかる。うーん。なんもわからん。もしかして、文は自分の正体を隠していたとか?それがバレちゃって別れたみたいな。

お前のあの目が愁いに沈む 若き日の私を拒むように


13. 東方人妖小町 4 / 5 点

まあ産まれますよね。子供。半人半妖の。禁忌的で冒涜的な存在が。
とはいえそれは、自分の世界観・常識に取り囲まれている我々がそう見做しているというだけのことで、産まれちゃった存在自体にはなんの落ち度もない。
ここは全てを受け入れる幻想郷というおとぎの国なのだから、細かいバックボーンは気にせず皆で仲良く生きればいいじゃないか。好奇心に負け、それぞれの出自を不用意に詮索するような輩は排除されるだろう。たとえ真実を知ったとしても、忌々しいおとぎの国を自ら去りゆくだろう。あるいは己の差別意識を自覚し、自分自身の良心に潰されるだろう。
これはそんな警告じみた歌。

幻想は 続かないもの続かせるまま 今尚語るむかしばなし


総評 : 5 / 5 点

暗黒さで言えば『屠』や『音』に匹敵する。
可愛い人外たちとキャッキャウフフする様を描写するようなものでは決してなく、むしろ心の底の差別意識を抉ってくるような作品。