勝手にレビュー14:稲葉浩志の1stアルバム『マグマ』
B’zの時にもちょくちょく見え隠れしていた稲葉の本性が一気に噴火する問題作、稲葉ソロの初代オリジナルアルバムです。作詞・作曲、全部イナバ。それゆえB’zや後の稲葉ソロのような洗練さはなく荒い部分が目立ちますが、逆にそれが良い味を出しており、歌詞も一番暗いので、今作が稲葉ソロの最高傑作であると主張するB’zマニアは多いです(次 点で4thの『Hadou』が挙げられやすいかな?僕は4thのほうが好きです)。
稲葉浩志『マグマ』1997年1月29日
1. 冷血 4 / 5 点
あまりにもダークな導入曲。
人当たりが良く、しかし本音は人間嫌いという心情を上手く表現している。
ほいほい 捨てながら ここまで歩いてきた なくしたものに気づかず お尻も汚したままで
2. くちびる 4 / 5 点
エロテロリスト曲その1。
女性を崇めている自分に酔っているという、非常に傲慢でナルシストな歌詞。カウボーイビバップの迷セリフ「君の瞳に、映った僕に乾杯」みたいな。
だれかに涙見せている あなたを想いうかべひとり遊ぶ
3. そのswitchを押せ 3 / 5 点
こちらは「自己陶酔してる自分にもっと構ってよ!」という厄介な人間に叱咤する曲。
今作の中では前向きで説教的な歌詞。
ただひとつ事実をうけとる そのスタイルを磨けよ
4. 波 5 / 5 点
スローテンポのバラード。
不安定な人間心理と夕暮れの波の動きを重ね合わせた情景描写が非常に儚く、美しい。
人間は社会的動物である限り他人と関わらなければ生きていけないのだが、中にはそれが酷く困難な人間も一定数存在する。社会に参加するのもしないのも、そこに待ち受けるのは不安であり、そういったどうすることもできない矛盾を抱え込んでいる人間の心情を「本当にひとりきりになってさまよってみたい そんな勇気のない自分を笑ってまた嫌になるよ」などの歌詞で表現する。
それでも稲葉は切ない希望を綴るのである。「本当は君をまるごと包んでみたいよ そして無限の海を潜ってゆきたい」というふうに。
だが、最後の「無限の海を潜る」のフレーズがまたうまい具合に厄介で、聴き手には希望とも絶望とも受け取れる、文字通り無限の可能性が込められた歌である。
5. 眠れないのは誰のせい 4 / 5 点
エロテロリスト曲その2。ベースが目立っていて、良い感じに不穏。
ホスト稲葉がふつふつと湧き上がる自分の欲望を、どうにか押しとどめている歌。
この曲にも、他者への無関心が立ち現れている。モテるくせにもったいない。
なんかちがう 他人のふしあわせを 涙を流して悲しんでるオレさまがいる
6. Soul Station 4 / 5 点
ナルシストがいざ孤独になるとこうなりますよ、という鬱ソング。
「なんてくだらない世界にしてしまったんだろう 君をだいなしにしてまで」とあるように、自分に好意を寄せている他者をないがしろにした後悔が語られる。
僕のソウルは僕の 君のソウルは君の言うことしか聞かない 誰の言葉も届かない……
7. arizona 5 / 5 点
穏やかなドライブ・ソング。
自分が望んでいた孤独は前曲でどういうものかを思い知った稲葉が、新たな希望をしみじみと語る。
だが、「夢だろうすべては 生まれてくること死ぬこと」などと現実逃避しているあたり、本格的な反省に至るにはまだ時間がかかりそうだ。
「水のない河を泳ぐように 僕らは必死にもがいてた」という歌詞は、一見すると「結局無駄だったけど、僕らは精一杯努力してきたんだよ」という意味に映る。しかし、先述したようにこの歌で稲葉は現実逃避している。それを踏まえれば、「自分は精一杯努力してきた」という気になりたいだけの(そんなに頑張り屋ではないことは自分で薄々気づいている)人間であることを自虐した歌詞のように聴こえる。
8. 風船 3 / 5 点
スロー・バラード。稲葉が低温で歌う、非常に珍しい曲。
幼く優しげな歌詞によって、童謡に聞こえる。
はなれることは 終わることじゃない
9. 台風でもくりゃいい 4 / 5 点
ここにきて情けなさは頂 点になる。
歌詞ではうだうだ言ってるが、要約すると「嫌なことは全部吹き飛んでしまえ」という、子供じみてあまりにも卑屈な曲。
「愛をください ただでください 余り物でいい寄付してくれいイェイイェイイェイ」と、もはやなりふり構わない。それでいいのか稲葉よ。もちろんいいのだ。ダメ人間にはもはや選択肢はない。僕もそうだからよくわかる。
10. 灼熱の人 5 / 5 点
今作で最もB’z的なハードロック曲。
前曲があまりに不甲斐なかった反動か、B’zの時のようなポジティヴ精神が爆発したようだ。
卑屈な人間を叱咤激励し、自分の好きなことを追求していけ!というメッセージを送る。
冷静に俯瞰で見るのは 賢いやつらにまかしときゃいい
11. なにもないまち 3 / 5 点
短めのボサノヴァ。
前曲で歌っていたガッツはどこかへ吹き飛んでしまった。自分が孤独で虚しい人間であることに開き直ってしまったかのような歌。
現実を受け入れ始めたはいいものの、そのやり方が少しずれてる。
ヘヤヲデヨウ アシタニナッタラ マチヲデヨウ アシタニナッタラ
カタカナ表記が狂気を物語っている。
12. Chopsticks 1 / 5 点
インスト。やや長め。
13. JEALOUS DOG 4 / 5 点
人間嫌いの自己陶酔ボンクラナルシストは、ようやく自分の気持ちに素直になったようだ。ただし、悪い方向に。
自分を犬に例えることで女性に向けた変態じみた欲求を正当化するかのような歌詞には、もう呆れ返るばかり。
思いどおりに隅から隅までナメまわしてみたい 恋とか愛とかにゃまるで興味はない
14. 愛なき道 5 / 5 点
今作中、最もポップで優しげな曲。
単なる恋愛関係を脱し、互いの醜い本性をさらけ出して絆を深めようというストレートなラブソング。よくぞここまで立ち直った。
もうひとりじゃない ましてなあなあになるわけでもない ういういしいぬくもりがもっとあざやかに見えるよ
15. Little Flower 5 / 5 点
ロング・バラード。稲葉が水中で歌っているかのような透明感。
鬱屈したナルシストっぷりを見せてきた今までの自分に「目を覚まそう むなしがりやの夢はもう終わる / ひとりよがりのドラマにあきたなら」と優しく諭す。
そんな自分を支えてくれる人がいる。ずっとそばにいたのだ。ひねくれている間にも。
うなされてる僕の指を君がつかんでくれる 強くしっかりと
そして稲葉が最終的に行き着いたのは、愛する他者のために自分を捧げるという境地。
小さな花を抱きしめる君を抱きしめてみたい 今度は僕が
総評 : 5 / 5 点
「4thアルバムのほうが好き」とか抜かしておきながらこの点数です。
レビューするためにこのアルバムを聴き返して思ったのが、稲葉は曲順を相当に計算しているということです。
曲ごとのストーリーはまるでバラバラなのに、アルバムを通して歌詞を読み込んでいると、他人恐怖症の卑屈な人間の絶望やそこからの復帰の繰り返しが鮮やかに表現され、ひとつの物語になるように配置されているのです。
あとアルバムとは関係ないですが、今回のレビューは過去最高に読みにくいかもしれません。自分の文章を他人の目に晒して磨きあげるという意図も込めてブログをやっていますが、果たして作品の良さがちゃんと伝わっているのでしょうか。